国の行く末を案じた下級武士の運命は?
原作は吉村昭の同名小説

1853年(嘉永6年)、アメリカ海軍の東インド艦隊司令官ペリー率いる「黒船」が浦賀に来航し、鎖国政策を続けていた江戸幕府に開国の要求を突きつけた。

以来、開国の是非を巡る議論は幕府内を二分し、開国近代化を推し進める大老・井伊直弼(伊武雅刀)の一派と尊王攘夷を唱える水戸藩主・徳川斉昭(北大路欣也)一派との間では、激しい権力闘争が繰り広げられていた。

安政7年(1860年)、幕府大老・井伊直弼は徳川斉昭に対して不時登城の罪で永蟄居を命じ、対立する一橋派(水戸藩主・徳川斉昭や福井藩主・松平春嶽らを中心とした一派)の失脚を図り、日米修好通商条約を締結する。

これに対して一橋派は京都で朝廷の力を後ろ盾にした巻き返しで大老・井伊の排斥を狙うが、井伊は一橋派ら関係の深かった公卿の家人たちを捕縛断罪したのをはじめ、幕政を批判する政治運動に関わった諸藩の武士を全国で次々と捕らえていった。いわゆる「安政の大獄」である。

妻・ふさ(長谷川京子)や長男の誠一郎(加藤清史郎)と穏やかな暮らしを送っていた下級武士の関鉄之介(大沢たかお)だが、藩主の失脚と安政の大獄により事態は一変する。大老・井伊に対する諸藩の決起を促すため、越前藩・鳥取藩・長州藩へ遊説を命じられた鉄之助だったが、尊王攘夷派志士に対する弾圧が厳しさをますなか、成果を挙げられずに江戸に戻ることになった。

事態を憂慮した鉄之助は、金子孫二郎(柄本明)、高橋多一郎(生瀬勝久)ら水戸藩士の有志たちと共に脱藩して井伊直弼を暗殺する盟約を結ぶのだった…。

雪の舞い散るなかで迎えた運命の日(安政7年3月3日)―。関鉄之介を実行隊長とする18名は、登城のために彦根藩の藩邸上屋敷を出て、駕籠で内堀通り沿いに江戸城外桜田門外に差し掛かっていた井伊直弼を襲撃する。最初に斬り込んだ水戸浪士・稲田重蔵(田中要次)は、彦根藩士に返り討ちにあうが、彦根藩士は雨合羽を羽織り、刀の柄に袋をかけていたので、襲撃に対して即座に対応できなかった。そして、唯一の薩摩藩士である有村次左衛門(坂東巳之助)が井伊を駕籠から引きずり出して、その首を討ち取った。

有村次左衛門と数名の浪士らは襲撃の際の反撃で重傷を負い、他の藩邸に自首した後に自刃した。鉄之助らは、井伊の暗殺に呼応した薩摩藩が、京都にて挙兵することになっていたため、京都へ向かうが、土壇場で挙兵慎重論者に押し切られた薩摩藩は、挙兵を撤回してしまう。そして、高橋多一郎は、幕吏の追捕を受け、四天王寺境内にて自刃。金子孫二郎も、伏見で捕らえられるなど、暗殺を企てた水戸藩士たちは、井伊暗殺の意味を問いながら、失意のうちに捕縛もしくは、自刃してしまう。

鉄之助も近畿・四国方面の各地を逃げ回ったが、幕府の影響を恐れた各藩からは受け入れてもらえず、水戸藩領内の各地で潜伏した後に逃れた、越後の湯沢温泉(現で捕らえられてしまう。水戸で投獄された鉄之助は、後に江戸送りとなって、文久2年(1862年)5月11日に斬首された。享年39(満37歳没)。

本格時代劇に相応しい出演者陣

下級武士でありながら世紀の大事件に加わることになる主人公の関鉄之介を演じるのは、「解夏(2005年)」で日本アカデミー賞優秀主演男優賞、「地下鉄に乗って(2007年)」で同優秀助演男優賞を受賞した大沢たかお。最近では連続ドラマとしては8年ぶりに出演し、高視聴率を記録した「JIN-仁-」での好演も記憶に新しい。本作品では、鉄之介の事件前後における希望、絶望、葛藤を見事に演じきっており、時代の波に否応なく巻き込まれてしまう者たちの悲劇がスクリーンに鮮明に映し出されている。

この国のあり方を真剣に思いながらも、その理想が異なったために対立し、やがて大事件のきっかけをつくることになる大老・井伊直弼と水戸藩主・徳川斉昭にはそれぞれ、伊武雅刀と北大路欣也の実力派を配している。また、鉄之助の12歳年下の妻・ふさには女優の長谷川京子、長男の誠一郎にはNHK大河ドラマ「天地人」で一躍有名となった加藤清史郎を起用。全編に悲壮感が漂う作品に一時の清涼感をもたらしている。

原作は吉村昭の同名時代小説。地域振興と郷土愛を目的に、茨城県の市民団体が中心となって映画化を企画・実現。メガホンを握るのは「男たちの大和/YAMATO」の佐藤純彌。本作品の撮影を機に、千波湖畔に復元された桜田門から水戸藩までの通りも見所の一つ。作品の山場となる桜田門外での襲撃現場と、江戸城の桜田門外周辺を忠実に再現している。